北インド ヒマラヤ山麓 10

7日目 休息&移動日

早朝5時より ヨガ・呼吸法・瞑想

バスでバドリナートからルドラプラヤーグへ移動

途中 ジョーシーマトを訪れる予定。

ジョーシーマトとは
バドリナートは冬場は閉じられるため
その期間 司祭・僧侶たちが下ってくるという所。

シャンカラチャーリヤ寺院があり
瞑想や休息に適しているそうです。
結局 行けなかったのですが。

思いがけず 休息日に

パンルケーシュワ

数箇所の崖崩れにより 道(門)が封鎖され
朝8時出発した私たちのバスは パンルケーシュワで立ち往生。

ちなみにパンルケーシュワは
「マハーバーラタ」の中の兄弟がいたといわれる土地です。

道路は もう大渋滞

寝てる犬
道端
犬だけでなく 寝っころがっている人もチラホラいました

岩を爆弾・ダイナマイトで小さくしてから
車やバスが通れるように除ける作業を行うようです。
私たちは ただひたすら 待つのみ です。

運よく バスがゲストハウスの前で止まったため
そのゲストハウスを借り のんびりと過ごしました。

お昼ごはんを頂いたり お話したり 近くをブラっと散歩したり・・・

パンルケーシュワ ライオン
ライオン トラ ゾウ こういった動物を
ついぞインドで見かけることはありませんでした

バス移動

7時間くらい(!)過ごしたところで
道が開通し バスに乗り込み移動 再スタートです。

道中 ゴロン と
大きな岩が落っこちてこなくて 本当に良かった!

何にもしない1日でしたが
一緒に旅している皆のことが 少しわかり なごやかに過ごせてよかったです。
なにより この「落石事件」は 今となっては とてもインドらしい思い出です。

パンルケーシュワ看板

ルドラプラヤーグのホテル到着は夜10時すぎ。
ホテル以外 真っ暗な中 従業員の方たちが
太鼓を打ち鳴らし 歓迎してくださり 本当にありがたいことです。
そのまま食堂に移動し 夕食。

行きと同じホテル(お湯の出ない 停電したホテル)。
棟や階が違うと雰囲気が変わり 今回は 上品な部屋でした。

ただ 何が起こるかわからないもので
最初 部屋のドアが開かない。
ドアが開いたら 今度は鍵がかからない。

従業員3人がかりで ドアの鍵の工事がはじまりました。
時すでに夜中・・・。そういうことも ありますね。

<ルドラプラヤーグ>
海抜618m。
マーンダーキーニー川とアラカンダー川の合流地点。
ルドラは暴風神であったが のちにシヴァ神の化身とみなされる。

北インド ヒマラヤ山麓 9

6日目 バドリナート&マナ村

早朝5時より ヨガ・呼吸法・瞑想

瞑想

バドリナート 

ヒマラヤ4大聖地の一つ。
ヴィシュヌ派の寺院。海抜3133m。

ヴィシュヌ神は「宇宙の保持」を司り
続けることが大事な商売をしている人には とても人気があります。

古代の聖人曰く
「学びし者は北方を天界と呼び
その他は下界・地上と呼んだ」

バドリナート寺院

バドリナート寺院
色鮮やかな寺院 この階段より裸足&撮影禁止

ネパールやチベット風の建築。
(イスラーム建築のムガル様式との説もあり)

シャンカラが修行をした寺院。
代々この寺院の最高位のバラモン(僧侶)は 
南インドのケーララ州(ケララ州)の青年より選ばれ
任期勤めることになっています。

ケーララ州ではマラヤーラム語が話されており
この言語はサンスクリットからの影響の大きい言語であり
聖典の理解にも関係してくるのではないでしょうか。
(あくまで推測です)

日本の仏教の高僧と全く違うことは
最高位のバラモンが若く美しい青年ということです。
目がキラキラと輝いていました。(あくまで主観です)

あまりお目にかかることのできない方なので
お目にかかることができて 光栄かつ幸運でした。

バラモンの部屋
僧侶の部屋  ~北部のお寺に 南部の僧侶~

インドの方たちは 非常に信心深く
日本のお寺での静寂とは少し違う 熱気 を感じました。

村単位で礼拝に来る集団もあり この聖地に祖父母や両親
親戚を連れてくることは 最大の孝行なのだそうです。

温泉 (タプタ・クンド アグニティールタ)

「金の不純物は熱で溶かし不純物を取り除く。
人間も同じくこの温泉に入ると純化される」

男女別の温泉場があり 水着着用のこと
自由に入ることができます。

男性は露天 タプタ・クンド アグニティールタ
女性は小屋の中 スーリヤ・クンド

カルマを落とすことができます。洗面器を持っていくと便利です。

私は膝下までしかつかりませんでしたが
水着姿で頭まで湯につかっている旅の仲間たち 
それはもう とっても気持ち良さそうでした。

温泉

マナ村

インドの国境近くのインド最後の村と言われています。
あちら側はチベットです。標高4000m。

左側が軍事施設なので 撮影禁止。

マナ村歩く人
標高が高いので この坂 息が上がっちゃいます

住んでいる方たちは チベットのお顔です。
羊を飼って 手編みの毛糸商品を販売しています。
帽子 手袋 靴下 マフラー マットなど

私たち観光客がこの小さな村に入ってくることを
どのように感じているのでしょうか。

マナ村ピンク壁

この村は ヴィヤーサ縁の地です。

ヴェーダ・ヴィヤーサがヴェーダを語ったと言われるヴィヤーサ洞窟
ヴィヤーサ洞窟
「ヴィヤーサ 5011年(陰暦)前に伝えられた」と洞窟に書かれている

ガネ-シャが書き留めたと言われるガネーシャ洞窟
ガネーシャ洞窟
このふたつの洞窟の距離 隣あわせではなく 少し離れています。

礼拝後 小雨が降りはじめると 急に胃が 
キリキリッと痛みだし苦しくなってきました。
不思議とすぐにおさまるので 薬を飲むに飲めず。

お医者さんに相談したところ
「便秘でも下痢でもなく 短時間の痛みなら 様子をみましょう」と。

ここ20年くらい経験したことのない
お腹キリキリ状態 のまま 過ごすことに・・・

北インド ヒマラヤ山麓 8

5日目 馬で下山し バスでバドリナートへ

早朝より雨。

外でのヨガができなくなったので
早朝5時より 食堂テントで瞑想。

山の天気は変りやすく全く予想がつきません。

テント上

下山

本日で キャンプ生活・テント生活が終わりです。
食事は ずっと日本食でした。

日本食をこさえてくださる インド人のシェフが 
この旅の間 同行してくれているからです。
今後のホテル生活も 安心です。

本当にありがたく 感謝しています。

おかげさまで 体調を崩さず 過ごすことができました。

日本食
このような食事 梅干やお漬物もつきます(日本から皆で持参)

雨の場合は 徒歩で下山の予定でしたが 
雨がやんだため 徒歩ではなく馬で下山しました。
ゴーヴィンダガートまで行きます。
そこからバスでバドリナートへ。

下山といってもバドリナートは標高3133mです。
高山病の心配があり 皆 予防薬を服用しています。

雨上がりのぬかるんだ下山道に 落馬した人も!
気を抜くことができません。

帰りの馬はとても頭のよい子で 馬子さんの合図で
すべらなさそうな足場をみつけ ヒョイヒョイと 進みます。
「すごいな~」 と馬子さんと馬に感心。

この道のり 時々巡礼者の歩く道から外れ
彼らの生活している地域に入りました。

今も こういう風に生活しているのだな~ と。

小さな畑でお野菜を育て 薪をわり保管し 
瓶に雨水らしきものを貯め 生活用水にしている。
どこか近くの川で洗ったであろう洗濯物を 
木と木の間に紐をわたし 干している。

小さな子どもたちが 働いている。
その子どもが まるで大人みたいに タバコもどきを吸っている。 
ちょっとショックでした。

実は どの道をどのように通ったのか 全くわからない。
ひとつひとつ違う山道が すべて同じように 感じました。
ひとりなら きっと遭難してしまってますね。

この土地で生活している人には必須の方向感覚。 
当然 私はすっかり失っています。

屋根の上の犬
この景色を日々眺めて過ごす贅沢な犬@屋根の上

バスでバドリナートへ

バスの中で ぐっすり眠っていたら ホテルに着きました。
溜まった洗濯物をバケツに入れ 踏み洗い&干す。 
久しぶりのお湯のシャワーに 大感激!

北インド ヒマラヤ山麓 7

4日目 ヒマラヤでのヨガ&花の谷へのトレッキング

5時より ヨガ 呼吸法 瞑想を行いました。

木村慧心先生
指導してくださるラージャ・ヨーガの木村慧心先生

かつてのこの土地の ヨガ行者さんたちを想いつつ。
ヨガ さまざまな種類の呼吸法 瞑想を。
高山病が心配される標高なので 呼吸がいつもと違うのを実感。

この土地で生活していたヨガ行者さんたち
ヒマラヤの風景に囲まれ どこに行くのも自分の足が頼り。
ヨガで足腰が丈夫になり 呼吸と精神をコントロールしていたのでしょう。

今は過ごしやすい季節ですが(それでも夜は寒い)
冬は 凍えるほどの寒さだったに違いありません。 

9時 花の谷へ向けて出発。
 
普段 全く山登りをしない自分には想像もつかず
とにかく「荷物は軽い方がいいだろう」と 
小さなボトルに水を詰め替え 肩掛けカバンひとつ。

山道1

雄大な風景が続く山道を 。(行き3時間+帰り3時間=6時間)
もう息はゼーゼーです。

山道2

山々 木々 澄み切った川 雪どけの山 花々
大自然を満喫しながら ひたすら歩く・・・

最近観たテレビ番組を ふと思い出だしました。
まさに山歩きにもってこい
「ためしてガッテン!山歩きのコツ」

山道3カゴ

高山病になってしまった方・歩けない方は シェルパのカゴに乗り。
ひとりでも大変なのに 人を背負うなんて 
シェルパの足腰の強さに ただただ脱帽です。
なんとか 自分の足で歩きました 頑張りました!

登りきったときの達成感
霧たちこめるこの風景とともに 忘れることはないでしょう。

山道4霧の中

空気の澄み切った 霧の中 風景を眺め 皆で食事。

登れるものですね。
とても大きな自信になりました

夕食後 6時半ごろテントに戻ると
既に同室のUさんはベットに入ってました。早いっ!
電気もないので 一緒に早々と就寝。

<花の谷>
The valley of flowers
 標高3500m~3800m

2005年 世界遺産に指定されました。
花の谷は標高3500 メートルに位置し(ガイドブックにより
微妙に標高の表示が違います・・・まっ いっか)
氷河に囲まれた広大な谷に約600種の植物が自生
4月下旬氷河が溶け出す頃から9月まで一斉に花が咲き乱れます。

この豊かな自然の中で 昔のヨガ行者たちは
暮らしていたのですね~。

ここは まさに高山植物の宝庫。
ヨガ行者が煎じていた薬草(ハーブ)もあります。

「草花好きは一生楽しめる」

植物に詳しいと 日々の生活に喜びを見い出すことができ
一生を楽しく暮らしていくことができる。

大好きなヨガの先生が 植物にお詳しく
いつも教えて頂くのですが 情けないことに すぐ忘れてしまう。

山道5ブルーポピー

この青い花は、幻のブルーポピー。
メコノプシス属(メコノプシスぞく、学名:Meconopsis)は
ケシ目ケシ科の属の一つ。

メコノプシスMeconopsis は「ケシに似た」
という意味のギリシャ語で「ケシモドキ」。中国名は緑絨蒿。

<TV番組で特集>

1 「TBS 世界遺産 花の谷 インド
ナンダデヴィと花の谷国立公園」2009年10月25日放送

花の谷は2005年に世界遺産に登録されたインド最奥の地
ネパールとチベット(中国)とインドの国境付近にある秘境の地!
ヒマラヤ山系に属する標高7,816mのナンダ・デヴィ山をはじめ
6,000m級の山々に囲まれた地で氷河や氷原に覆われた山岳地帯である。

2 「シリーズ世界遺産100」

花の谷国立公園で見られる珍しい植物の数々をご紹介。
花の谷を愛した登山家はこう記しました。
「花の谷は穏やかで完全なる美しさに満ちている。
人はそこで大きな安らぎに包まれるだろう」

<ガッテン 山歩きのコツ>

1 歌を口ずさむペースで歩き
2 小またで(下る)
3 飲み物は「味噌汁」

バテないポイントは速筋を極力使わず 遅筋だけで歩くこと 

筋肉痛 膝が笑うこと(太ももの筋肉が
傷ついた状態)を 予防することができます。
※ストックを使用すると 大またになりがちなので注意

歌を口ずさむことも お味噌汁も頂きませんでしたが
息が上がらない程度の ゆっくりした呼吸で歩きました。
歩くときも 呼吸は大切ですね。

もしよかったら 山登りのとき おためしくださいませ。

北インド ヒマラヤ山麓 6

3日目 バス&馬での移動日 ヒマラヤへ

バスで5時間ほどでゴーヴィンダガードへ
馬(と言ってましたが、ラバかロバ)に乗って ガンガリアへ行きます。

巡礼の道

ゴーヴィンダガード
車やバイクはここまで

シーク教(シク教)の聖地 へームクンド湖が
ガンガリアの近くにあるため この巡礼者たちと
車やバイクの通ることのできない細い道を
一緒に登っていきます。(13kmくらい)

彼らの印象は とてもオープンな明るい方たちです。

私たちは馬ですが 彼らのほとんどは 徒歩。
中には 上半身裸 裸足で登る方も。
信仰心 体力 精神力(ねばり強さ)に驚かされます。
実際 オリンピック選手・軍人に多いのだそうです。

シクとはサンスクリット語で
「シシュヤ」に由来し 「弟子」という意味。
外見的特徴は 男性は ヒゲ&頭にターバンを巻き
女性は ロングヘアーが多いです。

ヒンドゥー教とイスラム教の折衷ではなく
二つを越えた宗教 ということだそうです。

グル・ナーナクを開祖とし 聖典は「グラント・サーヒブ」。

馬に乗って

馬と言ってましたが、たぶんラバかロバ。
この子、道の端っこを好んで歩きます。
川沿いや崖の端は「落ちそう」で怖かったけれど
4時間くらいのこの乗馬は 楽しかったです。

休憩中シェルパ
休憩中 馬子(シェルパ)から食事をもらっているところ

ガンガリアへ到着

ガンガリア
ヒマラヤの風景

いよいよヒマラヤでの
キャンプ生活がはじまりました。

テント外

トイレは仮設 お風呂&シャワーなし。
夕方 洗面器1杯のお湯が支給され
これに布を浸し絞り 体を拭きます。

真夜中のテント。
ベットに入り 少々湿った重い布団の中で チクッ!
ギャッ!虫なのでした。

苦手な虫に刺されてしまったけれど
昔のガールスカウトのキャンプや 大学時代のキャンプと比べ
予想に反して かなり快適なテントでした。

テント内

北インド ヒマラヤ山麓 5

2日目 バスでの移動日

ヒマラヤのバドリナート(標高3096m)ガンガリヤ(標高3046m)の
中継点であるルドラプラヤーグ(海抜618m)に向け

まだ空も暗い早朝5時にバスで出発。

トイレ休憩 食事以外は ず~っとバス

トイレではトイレの床でゴロゴロと
寝っころがる少女を見て 衝撃を受けました。
比較的清潔なトイレではあったけど・・・。

基本的に トイレにトイレットペーパーはなく
(かといって ティッシュペーパーはトイレにつまるので禁止)
鍵がかからなかったり 水を流しても流れなかったり

インドのトイレに 早く慣れた方がよさそうです。

インド休息

食事は朝食・昼食ともカレー。
さっそく辛い本格派のカレーだったので
「やっていけるのだろうか」と一抹の不安。

インドランチ

バスは ハリドワールやリシケシを通過。

ハリドワールは聖地のひとつです。

ハリ・・・神  ドワール・・・門

シヴァ神のお寺が このハリドワールのお寺です。

ヒンドゥー教には三つの重要な神様がいます。

・ブラフマー 宇宙の創造  
・ヴィシュヌ 宇宙の保持
・シヴァ   宇宙の破壊

ちなみに シヴァの乗物は牛。
日本の神道の大国主の「大国」「ダイコク」と同一視。

シヴァ ― 妻:パールヴァティー
    |
息子:ガネーシャ(頭が象)

ハリドワール
ガンジス川の沐浴場 ハリ・キ・パイリ

道中 崖崩れがあり 予定と違うルートを進む。
タイヤと車体の間に石が挟まり 走ることが不可能というトラブルも。
ただひたすら 山の中をクネクネと走り続ける 私たちのバス。

夜10時ごろホテル到着→夕食 日本食
無事に本日の目的地にたどり着き 心から ほ~っ としました。

3日目より 山の上のキャンプ生活がはじまるため
スーツケースからスポーツバックに荷物を移す。
旅の間は スーツケースを使うことはなく
ほぼスポーツバックを使い 移動していました。

シャワーは 室温程度の水。お湯はでない。
寒くて凍えることはないけれど。

停電が2回。ささやかな蛍の光の美しさ。
電気のつく気配が全くなかったので そのまま就寝。

バス夕日
この瞬間 バスの中から

北インド ヒマラヤ山麓 4

新しくできたばかりのデリー空港からバスに乗り

ウェルカムドリンクがサービスされる
居心地の良いホテルに着きました。

これから始まる旅のこと インドの常識などを
レクチャーしてもらいました。
  
部屋は日本のホテルとあまり変わりません。

今思い返してみると お風呂にバスタブがあり
お湯が出て 湯船に浸かったのは この1日だけでした。

バス移動の長い明日に向けて 早く寝ました。 


花びらでしょうか?はじめての味でした

北インド ヒマラヤ山麓 3

<車酔い 予防>

文字を読まない

 (空いた時間に読書したい という衝動があっても抑える)

寝不足状態を避ける

 (旅行前・旅行中は たいてい寝不足ですけどね)

沢山食べ過ぎない

 (逆に「空腹」すぎも注意)

トイレは済ませる

 (たとえ尿意がなくとも トイレ休息にはトイレに行っておく)

ほどほどの水分補給

 (トイレの問題もあるし 難しいバランスですね)

程よい温度を保つ

 (直接 頭頂にエアコンが当たらぬように)

心身のリラックス

 (周囲の人とうちとける など)

服は締め付けず ゆったりと

 (指先が冷えるかもしれないので 靴下着用)

脳をグラグラさせないよう 首枕を使用

 (今回のような凸凹の山道では必須ですね!)

・「酔うかもしれない」と思うより

  「すでに○時間酔っていない状態 まだ大丈夫」と
 自分に強く言い聞かせ 自信を持つ

寝る! 

 (これが一番かも)

以上あくまでも 車酔いしやすい私の経験からです。
酔ってしまうときはしょうがない。

今回の旅では 効果ありましたよ。
皆様 よかったら参考にしてくださいませ。

北インド ヒマラヤ山麓 2

どんなことが起きても
あるがままに受け入れよう 

と旅立つ前 心に決めました。インドですしね。

例えば

荷物がデリーの空港に届かない
カメラが壊れる 盗まれる
目的地に行くことができない
悪天候にみまわれる
体調が悪くなる      などなど

ヨガでは
「幸も不幸も同じ」
「好都合も不都合も同じ」
という考えがあります。

起こる出来事は そういうものだと そのまま受け入れる。
出来事を自分の都合や気分で判断しない。

こんな心の持ちようで日々過ごしたいものですが
まだまだ修行が足りないのです・・・。

不都合なことが起きても受け入れよう。
また好都合なことが起きても浮かれないようにしよう。

つまり 一喜一憂しないように!
「ラッキー♪」などと私は
ついつい心が浮きたってしまうのですが

せめて 愚痴や文句を言わないようにしよう と。

といいながらも・・・
私は2点心配なことがありました。

1 辛い食事が苦手
2 体調管理(車酔いを含む)

和洋問わずスパイスの効いたものは
喉や耳の奥が痛痒くなります。
なので インドはかなりハードルの高い国。

また お腹をこわすこと 高山病も避けたいところです。

そして 車酔いの問題が・・・。
特にバス・タクシーに弱く(自分で運転しているときは平気)
この旅のバス移動の長さは とても危険をはらんでいます。

この旅の間
「どこまで耐えることができるか」

1に関しては できる限り出た食事は頂く
2に関しては お医者様が一緒に付いて下さるので
高山病予防の薬を数日前より服用

車酔いに関しては 酔い止め薬を飲まないで
自分でまずは努力してみることに。

そんなチャレンジの旅がはじまりました。

全ては あるがままに。

デリー空港

北インド ヒマラヤ山麓 1

2011年blogに掲載した 北インド ヒマラヤ山麓の旅行記です。

HPのHOMEのブルーポピーの咲く山の風景は この旅のワンシーン
花の谷(valley of flowers)です

世界遺産 正式名称
ナンダ・デヴィ国立公園と花の谷国立公園
(Nanda Devi and Valley of Flowers National Parks)

皆様 お久しぶりです。いかがおすごしですか。

台風の心配の中 レッスンにお越しくださった皆様
本当に ありがとうございました。

ヨガの学びの為 インドに15日間 行ってまいりました。

ヨーガニケタンの「ヨガの修業会」に参加のため
早起き 菜食 アルコール禁止 タバコ禁止 です。
(もともと アルコールもタバコもしませんので 大丈夫)

故に インドらしい世界遺産はほとんど体験しておりませんが
ヨガを行じている者なら 興味があるところに足を運び
当時の空気・雰囲気を感じることができ
たくさんの貴重な体験をさせて頂くことができました。

貧しいインド・豊かなインド
カオスのような俗世・人里はなれた聖地。

ヨガを共に行じる仲間に出会い
インドでのヨガの先生に出会い
過去に生きてらしたヒマラヤのヨガ行者に想いを馳せつつ
同じ様に ヒマラヤでヨガを行じ
ヨガの聖典が執筆されたといわれる所を体感し
バガバッドギーターなどの舞台になった場所を体感し

15日間の めまぐるしい経験やイメージが
今もまだ 頭の中を グルグルしています。

私の頭の中がカオス状態。
インドの旅のことを ちっとも 理路整然と表現することができず もどかしい思いです。

しかし 全てをひっくるめて
本当に素晴らしい旅でした。感謝!

先週は インドから戻り 初レッスンでした。
生徒さんから
「インドのどの辺りですか?」と。

あいにく地図を持っていなくて
「北の方です 
ヒマラヤの辺りです」
とぼんやりしたお返事しかできず。
こちらに地図を載せます。

デリーより北 上の方です。
地図では あまり移動距離がなさそうなのですが
インドは本当に広くて 実際は ずいぶん移動いたしました。
15日間 下記のように ほぼバスで移動しておりました。

デリー

↓ バス 15~16時間 リシケシ経由 

ルドラプラヤーグ

↓ バス 5時間

ゴービンダガート

↓ 馬 4時間

ガンガリヤ キャンプ生活@テント 標高3000m以上

花の谷 トレッキング 行き約3時間+帰り約3時間
      
愛らしい名前の谷ですが(うっかり騙されちゃいけませんっ)
普段山登りをしない自分には かなりハードでした

↓ 馬 4時間

ゴービンダガート

↓ バス 5~6時間

バドリナート

バドリナート寺院(四大聖地の一つ)

マナ村(国境付近の「最後の町」)

↓ バス 崖崩れ待ちなども含め13時間

ルドラプラヤーグ

↓ バス 7~8時間

リシケシ(リシケシュ)

↓ バス 休息・宿泊しつつ 24時間 クッル経由 

マナリ(「神様がいる場所」という意味)
       聖名拝受の為
       インドというより チベットっぽい街

↓ バス 休息しつつ 15~16時間 

ニューデリー
デリー

無事に戻ることができましたのは
ヨガの旅のスタッフの皆様 共に旅した皆様
無事を祈って帰りを待っていてくださった皆様のおかげです。

また ご報告します
北インド2へつづく・・・